ハリザッコは命の泉で生まれました。でも、いつの間にか黒く汚れた海に迷い込んでしまっていたのです。ハリザッコは思いました。もう一度あのきれいな命の泉に帰ろう。ハリザッコの旅が始まりました。


by harizakko
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2005年 05月 25日 ( 1 )

最後の のぞみ

「532号にはとびっきりのタバコを用意してやろう。」

佐藤はそう考えた。佐藤はここNBN刑務所に勤務する看守である。
地位も高く上官として働いていた。
佐藤は喫煙者である。ここNBN刑務所も完全に分煙化され,いささか窮屈
になった。近々敷地内完全禁煙になる動きもあるようだ。

532号は死刑囚である。服役前はかなりの極悪人だったが,今ではすっかり
改心している。ときおり涙を流し,自分の罪を悔いていた。
しかし,532号はまもなく死刑が執行される。

佐藤は,532号が何よりのタバコ好きだと知っていた。
しかし,当然,囚人に喫煙の権利などあるわけはない。
おのずから禁煙をするはめになるのだ・・。

模範囚だった532号には最後の望みをきいてやろう。
佐藤は532号の最後の望みはタバコに違いないと考えていた。

最後のときが近づいてきた。
後ろに手を組まれた532号は顔を下に向けたままだった。

「532号,おまえの最後の望みをきいてやろう。何が望みだ?」
532号はふっと顔をあげた。
「何もいらないさ。だんな。」
そうかも知れない・・今更あれがほしい,これがほしいと言える状況でもない。

「ほら」
佐藤は532号の手に1本のたばこをそっと渡してやった。

少しの間,そのたばこを見つめていた532号はおだやかな顔を
して佐藤を見つめてこう言った。

「せっかくですが,だんな・・。やっと自由になれたんです。この1本を
 吸っちまったら,あの世でまた苦しい思いをしなければならないんで・・」

佐藤は思った。
「あの世も禁煙になっているのか。」と・・

532号の刑は執行された。

その後,佐藤の禁煙が始まったのは言うまでもない。

(完)
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by harizakko | 2005-05-25 15:30 | 短編小説