ハリザッコは命の泉で生まれました。でも、いつの間にか黒く汚れた海に迷い込んでしまっていたのです。ハリザッコは思いました。もう一度あのきれいな命の泉に帰ろう。ハリザッコの旅が始まりました。


by harizakko
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2005年 08月 11日 ( 1 )

掌蹟膿胞症 ~その4

半年もすると膿胞はすっかり消えた。しかし、手足の爪は黄色く
なったままだった。
禁煙は、挫折していた。普通に吸った。しかし、病院に行く日は、朝から
禁煙した。
先生にタバコを吸っているか聞かれたとき

「いいえ吸っていません」

「すばらしいです」と先生は言ってくれたが、
うそをついてしまったという罪悪感と、いいや少なくとも朝から吸ってないんだから
と心が葛藤した。

薬をもらって車に乗る前に1服した。うまかった。禁煙は午前だけとなった。
のどもと過ぎると熱さを忘れるのたとえのように
掌蹟膿胞症はもはや禁煙の原動力にはならなかった。
やがて、1年もたつと爪ももとの姿になり、すべての病状は回復した。
膿胞はさらに3ヶ月後ぐらいに少し出た。ちょっと不安になったが、
すぐに消え、2度と出ることはなかった。

タバコをやめるべきだった。でも、できなかった。
病気が再発するかもしれないのに、やめれなかった。
あんなに苦しんだのにやめられなかった。

それほど依存していたということだろう。
しかし、このことが私の禁煙の原点だということは
まちがいない。

さて当時なぜタバコをやめることができなかったのか考えてみると
「たばこを止める動機」は十分にあったが
「たばこや禁煙についての知識や禁煙方法」が全然無かった。
武器を何一つ持たないで、ニコチン大魔王に戦いを挑んでいたのだ・・。
だから、1週間禁煙しても、2週間禁煙しても
ご褒美が「タバコ」などというおろかなことをしていたのだ。
でも、今考えると、何もなくてよくそんなにできたなあと思う。

次に
 「タバコをやめなければならない」という考えはあっても
 「タバコをやめれてうれしい」という気持ちがなかったことだ
喜びなんて何もなかった。つらいだけの禁煙だったのだ。
禁煙のための3本の柱のうち1本しかなかったのだから・・失敗は当然。

実はもう一つ、禁煙のなかまがいなかった。
一人ぼっちの禁煙だった。
一人ぼっちで禁煙方法も知識もなく喜びもない。

そんな禁煙は絶対無理。

それでも、私の禁煙の原点はここにあった。
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by harizakko | 2005-08-11 02:59 | 禁煙